(11月5日まで)
没後40年の回顧展。大きな美術館では21年ぶりという。
すでに「東京ステーションギャラリー」で開催された巡回展。
ただ、その期間中に新発見された作品2点を含み、不染鉄が晩年住んでいた
ホームグラウンド奈良展では、更に展示点数が多くなっています。約180点。
絵画、奈良の赤膚焼による焼物、絵葉書、不染の身の回りの日用品
(箪笥の抽出しにまで富士の絵が施されている)に至るまで。
大正から昭和初めに活躍した日本画家不染鉄(1891〜1976)
幻の画家といわれるように、世間一般であまり知られていないのですが、
84歳で亡くなる間際まで画壇とは無縁の唯ひたすら制作に没頭した人生。
東京小石川の寺の息子として生まれながらも住職に進まず、画家を志して日本画を
学びます。伊豆大島で島民さながら、倹しい漁師をした時期もありました。
のちに京都へ移住して、京都市立絵画専門学校(現京都市立芸術大学)を首席で卒業。
学友の上村松篁と旧知の仲でした。晩年は長野県を旅行したりしましたが、余生は
奈良に荒屋を建てて飄々とした隠遁作画生活をしたといいます。

(薬師寺東塔の図を好んでよく描いています)
不染の絵は年代別に次々と変化してゆくのです。俯瞰図的な大和絵風もあれば
(ポスターになった代表作「山海図絵」は、ブリューゲルのバベルの塔を思わせる
不思議な富士山図とも)、南画、朦朧体、点描画とあらゆる技法が散りばめられて
います。近づいて観ると、針の先で描いたような極細の墨の線が無数に走ります。
派閥に属さず誰に染まるわけでもなく、画家独自の世界です。

(育った小石川の幼少期を想う、おばけいちょうの図)

絵画に書簡を添えて、自身の今を生きている心情を込める描き方も特徴です。
不染の世界観に引き込まれて、静かな温かい感動が伝わってきました。
伊豆の波、信州の雪山の川のせせらぎ、山村の柿の実。。。
描かれた日本の原風景に誘われ、音までも聞こえてくるようです。
「幸せがあふれ出ると美しい絵が描ける」と思い、「この世のものとは
思えないほど美しい絵が描きたい」と描いた絵は、神々しいばかりの極楽浄土。
「長い間苦労したんだろうねえ。雨の日、風の日色々なことがあったんだろうねえ
〜〜こいつ何だか私に似ているよ。私は七十八だよ、いくらかふらふらだよ。
君は少し錆びてところどころはげているが私もはだかになれば君と同じさ。
友達だねえ〜〜」古い自転車の絵にしたためる老いの淋しさ。

展示会場終盤、このポートレートを見て、どの作品にも真実がある。
そう感じて益々嬉しくなりました。素敵なおじいちゃん!
不染が何度となく描いた薬師寺東塔にも行きたかったのですが、
今は大改修工事のため、シートで全く覆われて見えないとのこと。残念。
久しぶりに隣の奈良県庁の眺めの良い食堂で、昼食を取る気満々でしたが、
時間あっぷあっぷ。京へとんぼ返りでした。
でも、この展覧会のために奈良に来て良かったと思います。
今後これだけ揃った「幻の画家 不染鉄」の回顧展が開かれるかわかりません。
京博の若冲展以来、久しぶりに図録を求めました(笑)