2016年 01月 13日
クラフトあまた年末年始の石垣島たより 其の参 |
駅伝のあとの申年の皆さん、同窓会も兼ねて盛り上がり、転々と宴の会場を
変えて、2時や3時になってタクシーが捕まらんので、元旦未明の代行運転を
待つのは困った。。とか、仰ってましたね。
沖縄でのお祝い事は元気でタフでなくては、務まりません。
2日の朝は、8時から申年の皆さんを祝福する豪華パレードがスタート。
先頭は可愛い小学生のブラスバンドが行進、続きましてはリボンや花の飾りが
つけられたトラック。申年生まれの「73歳」「85歳」連名も賑やかな荷台に
乗り込み、フォーマルな装いで椅子に座ってらっしゃいます。
最高齢の97歳はこの地域では「マンタラー」と呼ばれ、とても名誉なこと。
特別に、お猿の着ぐるみの運転手さんが乗るトゥクトゥクで登場されました。
この色彩感覚たるや、もはや日本ではありません。
なんともいいなぁ。。
白保小学校区を練り歩き、道路では町の皆さん総出で手を振っています。
沖縄全体で呼ばれる長寿のお祝いは「カジマヤー」島くとぉばで風車のこと。
なぜ風車がシンボルなのかなぁ。そう思っていたら、沖縄民俗学の研究を
ライフワークにされているお客さまSさん、年明けに弊店にいらっしゃいまして、
「この歳まで長生きすると、だんだん子供に還って行くからですよ。そして、
風で回る風車が<輪廻転生>を意味する。そんないわれもあります」
この島の行事は、看板から食事まですべてが手作り。そこには本当に感動
しました。
お祝いしてもらう皆さんの近況報告を兼ねた名簿録となっています。
「子(6名)孫(13名)ひ孫(35名)玄孫(4名) 楽しみは、好き嫌いなく美味しいものを
食べて、好きな民謡を聞くこと。。」悲惨な戦争を経験して苦労してこられて、
お元気でこの日を迎えられたら、感無量ですね。
石垣では名前を呼ぶときにフルネームで呼ぶ人が多いので、なんでかな?と思って
ましたら、これだけ親戚関係が濃いと、おんなじ名字が多いのですね。集落の
なかを歩いていても、おんなじ表札がすぐ見つかります。ナルホドです。
さすが琉球。紅型の模様の綺麗な衣装ですね。ここで見ると派手じゃないんです。
こちらも元気を頂きました。
手作りの申年合同祝賀会、小学校の講堂は300人くらいいらっしゃるでしょうか。
役員の方もこの日を今か今かと、首を長くされてたでしょう。賑々しく満席でした。
南国は揚げものが主で、みなお酒のアテとなりますね(笑)
島(泡盛)のラベルは、オリジナル。すごい凝りよう。
大先輩方もお酒が進み、本当にお元気です。
ひける島民の人口率が高い」
映画監督の中江裕司氏のインタビューより。
「白百合クラブっていう戦後の翌年結成した、日本で最初にできた楽団知って
ます?『白百合クラブ東京に行く』ってドキュメンタリー映画も撮ったんですよ。
平均年齢約70歳。今も白百合クラブは続いてますよ」
と、前述のSさん。それが中江監督の2004年の作品。
幼い時から、こんな手作りのエンターテイメントを身近に見て育ったら、
自然にセンスも磨かれますよね。
もう、このDNAにはかなわない。
この祝賀会のあと、各お宅にご祝儀とお祝いを持って挨拶廻りするそうです。
祝盃、返盃。。。で朝までかかるとか。
大先輩方もちゃんと待機されているそうです。生きている喜びですね。
白保地区の祝賀会はまだ続きます。4日、5日は新成人のための成人式。
仕事が始まっても、夜にはお祝いの席が待っています。
このときに発表される舞踊会もかなり高度なレベルまで完成されたもの。
私は帰京しましたから見られませんでしたが、三線の先生のFacebookの報告を
拝見しました。面白かったのですが、添付できませんでしたので。。
内地のTV番組で、いくつか白保の成人式の様子を取り上げていたそうなので、
ご覧になった方も多いかもしれません。約60年も続いています。
「白保の成人式は世界一。白保に生まれて本当に良かった」
「ハレとケ」の日常生活のメリハリ。
沖縄でよく使われる「結=ゆいまーる」は、地域で協力し合う相互扶助精神。
都会では消滅しかかっている文化を体験できたことは、とても貴重でした。
「これだけのお祝いを毎年しているのは、沖縄県でもここ白保だけ」という声も。
手間も時間もお金もかかるけれど「継ぐこと、伝えられること」
絶えないことを望むイチ京都人であります。
さて、最終話は「白保日曜市」で締めくくりましょう。
by mottainai-amata
| 2016-01-13 17:49
| クラフトあまた沖縄たより
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